笠雲と吊るし雲が教える富士山の天気

富士山の頭に笠をかぶせたような雲と、その少し離れた空に浮かぶレンズ形の雲。どちらも湿った空気が富士山にぶつかることで現れますが、でき方は同じではありません。この記事では、笠雲と吊るし雲それぞれの仕組み、二つの見分け方、そして「富士山が笠をかぶれば雨」という言い伝えがどこまで当たるのかを、公的機関の資料と2025年に発表された観測研究で確かめます。車窓から見えたときに何が読み取れるかも書きます。
湿った空気が単独峰にぶつかると現れる
国土交通省中部地方整備局の富士砂防事務所は、富士山に雲ができる理由を「富士山は単独峰であるため、湿気をふくんだ風が山に直接ぶつかり、高度を増すにつれて、いろいろな形をした雲があらわれます」と説明しています。
このとき、空気が山を越えるさいに立つ波を気象の世界では山岳波と呼びます。気象庁の東京航空地方気象台は、山岳波を「強風が山を越えた時に、その風下側に発生する波」と定義し、山岳の風下側に100〜200kmまで影響することがあるとしています。日本では富士山などの風下側でよく発生するとされ、大気が湿っている場合は「ロール状やレンズ状の雲で山岳波を知ることができ」ます。裏を返せば、空気が乾いていれば波はあっても雲は現れません。
後で触れる筑波大学の観測研究によれば、この山岳波が主因になっているのは吊るし雲のほうで、笠雲は湿った空気の層の高さが効いています。同じ「富士山の雲」でも、成り立ちは違います。
笠雲が同じ場所に貼りついて動かないように見えるのも、この仕組みからきています。富士砂防事務所は、笠雲が出ているとき富士山上空の風はむしろ強く、「風上側の斜面で雲が発生し、風下側の斜面で雲の粒が消えていく現象を絶え間なく繰り返している」ため見た目に変化がないのだ、と説明しています。
笠雲は山頂の上、吊るし雲は風下の空
筑波大学の用語解説によれば、笠雲は山が笠をかぶっているように見えることから名付けられ、雲が山頂を覆うタイプを接地笠、山頂から離れて発生するタイプを離れ笠と呼びます。つまり笠雲にも、山頂に接しないものがあります。
一方の吊るし雲は「レンズ雲(凸レンズの形状をした雲)の一種で、雲が空から吊るされているように見えることから名付けられた」もので、形によって翼型と楕円型に分かれます。富士砂防事務所は吊るし雲を、山頂を通り過ぎた気流が富士山の風下に作った雲だとしています。
見分けるときは、山頂の真上にあるかどうかを見てください。接地笠にせよ離れ笠にせよ、笠雲は山頂の上にあります。吊るし雲は風下側、つまり水平方向に離れた空に単独で浮かびます。ただし離れ笠と吊るし雲の境目は紛らわしく、公的資料にも「ここから先は吊るし雲」という基準は示されていません。
この二つの違いは、2025年10月30日に学術誌 Weather に載った筑波大学の研究で、観測データからも裏づけられました。富士山を囲むライブカメラ網(既存4台と新規3台)で2019年1月から2021年12月までの3年間を撮り、目視で分類したものです。主要なタイプは、笠雲では接地笠、吊るし雲では楕円型でした。笠雲は主に暖かい季節の朝、比較的強い西南西風が吹き、山頂付近かそれより高い高度に湿った空気の層がある日に現れ、接地笠になるか離れ笠になるかはこの湿った層の高度でほぼ決まります。吊るし雲も南西風の日に出ますが、湿った層がやや高く、高度による風の変化(鉛直シアー)が小さい傾向がありました。冒頭で触れた「吊るし雲の主因は山岳波」という結論も、この解析によるものです。
「笠をかぶれば雨」は言い伝え、ただし根拠はある
富士砂防事務所は、富士山にかかる雲が古くから観天望気の指標だったとし、観天望気を「雲や風など大気の状態を観測し、天気を予測すること」と説明しています。麓には「富士山が笠をかぶれば近いうちに雨」「ひとつ笠は雨、二重笠は風雨」といったことわざが残っています。
同事務所は、笠雲がかかったあと24時間以内に雨となる確率を、春秋が約70%、夏が約75%、冬も約70%とし、笠雲と吊るし雲が同時に現れると約80〜85%になると書いています。参考資料は富士山測候所御殿場基地事務所のものと明記されていますが、集計の対象期間や日数は示されていないので、そこは割り引いて読むのが妥当です。
言い伝えが当たる理屈のほうは、はっきりしています。同事務所は「笠雲は低気圧や前線が接近し、日本列島に暖かい湿った空気が入ってくると発生するため天気が崩れる」としています。笠雲が雨を降らせるのではなく、雨を降らせる湿った空気の流れ込みを、富士山が先に見える形にしている、ということです。
ただし笠雲が出れば必ず雨、ではありません。富士市は笠雲を晴天の雲・雨天の雲・風が強くなる雲・風雨が強くなる雲の四つに分けて紹介しており、晴天側にも五種類あります。たとえば「【はなれ笠】晴れた風の強い日に現れ、冷え込みが厳しくなり、快晴が続きます」。雨天側には「【ひとつ笠】低気圧が南岸を通過するとき現れ、雨になります」があり、風雨側には「【レンズ笠】日本海低気圧の強い西風で現れ、風雨が強くなることが多い」があります。富士市はどのページにも「※雲の呼び方には諸説あります。雲と天気の関係について保証するものではありません」と付記しています。

車窓から見えたら
新幹線の窓から笠雲が見えたら、上空に湿った空気が入っていて天気が下り坂へ向かっている可能性がある、というくらいの読み方が実際的です。
確実なことは一つ。接地笠なら山頂は雲の中で、足もとが晴れていても頂上は見えません。富士市の定点観測が見え方を「全体が見えた」「一部が見えた」「全く見えない」の3つに分けているのも、途中までしか見えない日がそれだけあるということです(富士山が見える確率)。
吊るし雲を探すなら、風下側の空です。笠雲や吊るし雲が出る日は上空が西南西から南西の風であることが多いという筑波大学の結果に従えば、風下はおおむね東から北東側にあたります。線路は富士山の南を通るので、その場合は山頂の右手、東側の空に離れて浮かぶ形になります。ただし風向は日によって変わります。座る側は新幹線から富士山がよく見えるのはなぜかのとおり、上りなら左、下りなら右です。
撮るなら、迷わず先に撮る
被写体としては、笠雲と吊るし雲は富士山本体より気まぐれです。笠雲は動かないように見えて内部では雲が生まれては消えているので、輪郭も厚みも刻々変わります。吊るし雲は観測されるのが月平均1回程度、発生する時間も数分から数秒と短い、と富士砂防事務所は書いています(この頻度も、先の的中率と同じく集計の条件が示されていないので目安として読んでください)。
当サイトの計算では、車窓で富士山が見えているのは見え始めから見納めまでおよそ5〜6分です。ただしのぞみ・ひかりが通過する新富士駅には公式の通過時刻がないため、これは推定です。数分の窓のなかで、数分で消えるかもしれない雲を狙うことになります。構図を整えるより先に一枚押さえておくほうが確実です。撮り方そのものは走る車窓から富士山をきれいに撮る方法にまとめました。
いま富士山の上空がどうなっているかは、新幹線で富士山(時刻計算)の天気カードに富士市付近の雲量が出ます。雲量だけで笠雲かどうかは分かりませんが、そもそも雲があるのかないのかは乗る前に分かります。
出典
- 国土交通省 中部地方整備局 富士砂防事務所「5.富士山の雲と天候の関係」 — 単独峰と雲、観天望気の定義、「富士山が笠をかぶれば近いうちに雨」「ひとつ笠は雨、二重笠は風雨」、24時間以内に雨となる確率(春秋約70%・夏約75%・冬約70%、笠雲と吊るし雲が同時なら約80〜85%)、笠雲の新陳代謝、低気圧・前線の接近と暖かい湿った空気、つるし雲は月平均1回程度・数分から数秒。参考は富士山測候所御殿場基地事務所資料
- 気象庁 東京航空地方気象台「羽田空港 WEATHER TOPICS 第14号 山岳波について」 — 山岳波の定義、風下側100〜200km、富士山ほかで発生、湿っていればロール状やレンズ状の雲で分かる
- 筑波大学「富士山周辺に発生する特徴的な雲の発生頻度や条件を科学的に解明」(2025年11月25日) — 接地笠・楕円型が主要タイプ、吊るし雲の主因は山岳波で「風が富士山を迂回後に収束する効果」は小さい。掲載誌 Weather、2025年10月30日
- 同 プレスリリース本文(PDF) — ライブカメラ網(既存4台+新規3台)で2019年1月〜2021年12月の3年間を観測、笠雲は暖かい季節の朝と比較的強い西南西風・山頂付近かそれより高い高度の湿潤層、接地笠か離れ笠かは湿潤層の高度でほぼ決まる、吊るし雲は湿潤層がやや高く鉛直シアーが小さい、用語解説(笠雲=接地笠/離れ笠、吊るし雲=レンズ雲の一種で翼型/楕円型、山岳波)
- 静岡県富士市「晴天の雲」 — つみ笠・まえかけ笠・ふきだし笠・はなれ笠・みだれ笠、注記
- 静岡県富士市「雨天の雲」 — にかい笠・はふ笠・ひとつ笠・おひき笠・とさか笠・ひさし笠・われ笠、注記
- 静岡県富士市「風が強くなる雲」 — うねり笠・うず笠・すえひろ笠、注記
- 静岡県富士市「風雨が強くなる雲」 — レンズ笠・よこすじ笠・かいまき笠・えんとう笠・なみ笠、注記
このページの図版はすべて生成AIによるイメージで、実景の写真ではありません。